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高知地方裁判所 昭和33年(わ)280号 判決 1958年11月06日

被告人 甲

主文

被告人を懲役二年以上三年以下に処する。

未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は高知県土佐郡土佐村田井の兄の許に止宿し、架橋工事の人夫として働いていたもので二十才未満の少年であるが、

第一、(一) 昭和三十三年六月十四日バスに乗り遅れたため朝から仕事を休み、退屈凌ぎに辺りを自転車で乗り廻していたところ、同日午前十一時過頃偶々同村吉野川橋南西詰の前方三叉路を自転車で帰宅中の伊藤米春(当十五年)の姿を認め、同人に追い付きいろいろ話し掛けているうち同人が金員を所持しているのを知るやこれを喝取しようと企て同人に同行して同村藤ヶ谷橋北西詰の三叉路上に至つた際、同所において同人に対し、手をズボンのポケットに突込み睨みつけるような態度を示しながら、「バス賃を貸してくれ」と申し向け、同人が右要求を拒絶するや「橋の上から突き落すぞ」等と言つて脅迫し、これに恐れをなした同人が其の場に逡巡して突立つているのに乗じ、同人の胸倉を掴んで同人のズボンの後ポケットから現金二千七百円を捲き上げてこれを喝取し、

(二) 次いで右伊藤より右喝取した金員の返還を要求せられるや、同人から警察に告訴されるのを虞れるの余り同人を脅かしておこうと考え、即時同所において所携の下駄で同人の額部を一回殴打し、因つて同人に対し治療一週間を要する前額部打撲傷を負わせ、

第二、同日同村田井所在田井小学校において、和田三知所有のゴム草履一足(時価百円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

本件第一の訴因は判示第一の日時場所において伊藤米春に対し金を貸せと申向け所携の下駄で同人の額部を殴打し胸倉を掴まえその反抗を抑圧した上同人より現金約二千七百円を強取しその際右暴行により判示第一の(二)の傷害を与えたものであると謂うのであるが、前掲各証拠並に当法廷で取調べた全証拠を綜合すると、犯行現場は南西側は一帯の山林で覆はれ、北東側は吉野川の溪谷を控えた山間の村道上で、辺りに人家もない相当淋しい場所であり、又被告人は被害者と比較して躰も大きく身体的条件においても優つているものと認められるが、本件犯行の手段、内容等の行為全般の具体的な態様、その他諸般の状況を検討するに、

(一)  被告人は本件犯行に際して相手の反抗を抑圧して金員を強取しようという意図があつたと認められず行為の内容も、最初ズボンのポケットに手を突込み睨みつけるようにして威嚇し金員を喝取しようとしたもので当初恐喝の犯意に出でたことは明らかでその後被害者がこれに応じないので、橋の上から突き落すぞと云つて脅した点も場所は橋の上ではなくその近くの道路上であつて右脅迫の言辞が切迫した危険を示すものとはいえないし被害者から金員を捲き上げる際左手で被害者の胸倉を掴んだ行為も強力な暴行といえないのみならず被害者は金員を奪取された直後その返還を要求しており、又奪取直後の本件傷害行為に使用された下駄に押された旅館の焼印まで刻明に記憶している等相当程度の精神的余裕を持つた被害者の態度から考えれば、犯行時における被害者の畏怖の程度が意思決定の自由を奪われる程高度のものではなかつたこと、又逆に被告人の脅迫行為が被害者の反抗を抑圧するに足る程度迄至つていなかつたことが推認せられること、

(二)  下駄で被害者を殴打した本件暴行行為は、金員奪取前その手段としてなされたものではなく、判示認定の如く恐喝行為終了後、被害者から警察に告知されるのを虞れて脅かしのためになしたもので奪取後これを確保するためになされたものとは認められない、しかも、被害者の当公廷での証言によつて認める暴行の手段、程度、その結果生じた傷害の部位、程度に照らすと被告人は下駄で被害者を強く殴打せんとしたものではなく、脅すために振り上げた際たまたま被害者の前額部に当つたと認定することが妥当とせられるので、金員奪取の手段として用いられたものとは認められない。

されば是等諸般の状況を彼此考量すれば、被告人の本件暴行脅迫が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものとは考えることができないので本件訴因の範囲内で恐喝、傷害の併合罪を認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一の(一)の恐喝の点は刑法第二百四十九条第一項に、第一の(二)の傷害の点は同法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条に、第二の窃盗の点は刑法第二百三十五条に各該当するところ、右傷害の罪につき懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により犯情の最も重い判示第一の(一)の罪の刑に法定の加重をなし、なお被告人は少年であるから少年法第五十二条第一項を適用した上、被告人を懲役二年以上三年以下に処することとし刑法第二十一条により未決勾留日数中百日を右本刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 呉屋愛永 八木直道 福田治人)

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